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12月中旬ポストをのぞくと新聞や郵便物にまじって大きな茶封筒が入っていた。そろそろ結果がかえってくるころだとわかっていながら,その実現から逃れたい一心だった。
1年前,私は合否の結果をわくわくした気持ちで待っていた。それは本当に突然,他の郵便物にまざることなくポストの中に1枚だけひっそりと入っていた。開封すると 不合格 というが三文字が目にとびこんできた。ショックだった。自己採点で8割近くあったからだ。それまでのがんばりが,そのハガキ1枚であっけなく終わってしまったような無気力感におそわれた。日本語の本はもう見たくない。日本語の勉強そのものから離れたくなった。きっと気力を使い果たしてしまったのかもしれない。そんな時,アークの先生から「日本語をもっと広い視野でみられる本を何冊か読んでみたら」とアドバイスしていただき,まずは本を読むことから始めた。
2年目の勉強は,日本語に関するさまざまな本を読むことで全体の流れをつかむところからのスタートだった。数カ月は本を読むことに専念した。
4月に入り,前年度より決まっていた日本語教師の仕事がスタートした。仕事のこと検定のこといろいろな不安をかかえながらの始まりだった。仕事をしながらの勉強は大変きついものだった。しかし常に日本語にたずさわっている環境が検定へのモチベーションを下げなかったのかもしれない。前年度に比べ,検定に費やす時間は比べものにならないほど少なく,現場の教案書き,試験作り,クラス運営・・・と始めてのことばかりで,検定の事を考える余裕がなくなっていた。
模擬試験を受けて,愕然とした。前年度よりほんの少し良かったぐらいで,合格にはほど遠いものだった。それがきっかけになった。それまでの自分の中で,検定の勉強が進まないことの理由に仕事をあげていた。ぎりぎりまで迷って演習科の受講を決めた。やはり受講してよかった。前年度は仲間と勉強会を開き励まし合いながら乗り切ったが,今年はやはり時間の都合上ほとんど無理だった。しかし違った勉強スタイルでもいいのではないかと思い直しがんばることにした。
では具体的な話をすると,演習科の復習,問題集,過去問(五年分),聴解問題集が,勉強の中心だった。問題集は,大きな声では言えないが1回だけしか出来なかった。自分には何が一番よかったかと考えると,最後の1週間から過去問にでてくる(五年分)全部を読んで理解するという作業に徹した。過去問に出された本文はやはり大切な箇所が多く出題されている。覚えると言うより,教科書と違った角度から理解するという感じだった。同じものを繰り返しすることも大切なのかもしれないが,私の場合,同じ理論でもさまざまな角度から違った方法で理解することが性にあっていたのかもしれない。またそのほうが理解して暗記したものを長期にわたって覚えることができたようにも思う。
次に聴解に関しては,検定科で使用したテキスト,過去問のCDをなるべく毎日聞くようにした。聴解における撥音の高低は,選択肢のすべての高低を口で言えるように何度も練習した。よくわかるようになると最後は楽しくなった。やはり,勉強は楽しくなければとの実感だ。
試験を振り返ってみるとさまざまな角度から理解したことは,あながちまちがいではなかった。質問箇所に対して先生は,それに対応する教科書の範囲を教えてくださったため,質問箇所と共に周辺の内容をも関連して勉強することができた。根気よく質問に対応してくださった先生方に本当に感謝の気持ちで一杯だ。
常に一点だけを考えず,全体の流れから考えるように心がけた。全体の内容がつながり始めるときが必ず来る。その時は広範囲に渡る検定試験勉強の終盤にさしかかってきていると思ってもいいと思う。広範囲で先のみえないやるせない気持ちになった時,このことを目安にしてほしい。体験記を参考に皆さんそれぞれが,自分にあった勉強の仕方をみつけることで,きっとそれが今後の自分の自信につながると思う。今年もまた新たな始まりだ。
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